東京地方裁判所 平成10年(ワ)5388号・平10年(ワ)10919号 判決
平成一〇年(ワ)第五三八八号損害賠償請求事件(甲事件)
平成一〇年(ワ)第一〇九一九号損害賠償請求事件(乙事件)
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告は、原告ら各自に対し、別表(1) 記載の返還請求額欄の各金員及びこれに対する、甲事件原告らについては平成一〇年四月一日から、乙事件原告らについては同年五月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告らが、原告らの有する平和的生存権及び納税者基本権が、被告による違憲違法ないわゆる思いやり予算(別表(2) 記載の提供施設の整備欄、労務費の負担欄、光熱水料等の負担欄及び訓練移転費の負担欄の各費用の支出に係る予算をいう。)を含む我が国に駐留する合衆国軍隊(以下「在日米軍」という。)の駐留経費(以下「在日米軍駐留経費」という。)についての予算(以下「本件予算」という。)の作成、議決及び執行により侵害されたとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告らが平成七年度ないし平成九年度に納めた所得税及び消費税のうち一般会計予算中に在日米軍駐留経費が占める割合に相当する金員の損害賠償を請求している事案である。
二 争いのない事実
1 被告は、昭和五三年度(一九七八年度)から平成一〇年度(一九九八年度)までの間、別表(2) 記載の提供施設の整備欄、労務費の負担欄、光熱水料等の負担欄及び訓練移転費の負担欄の各費用(以下、順に「本件施設整備費」、「本件労務費」、「本件光熱水料等」、「本件訓練移転費」ともいう。)を在日米軍駐留経費として支出した(なお、別表(2) 記載のその余の費用については、原告らは、被告が在日米軍駐留経費として支出したものであると主張し、他方、被告は、在日米軍基地の存在する市町村に対する税財政状況の配慮による交付金、離職した在日米軍従業員の保護等の観点からの事業予算、健康保険法等の関係法令による国庫負担金、在日米軍に使用させている国有地等を有償で貸し付けたと仮定した場合の賃料の試算額等であって、在日米軍を駐留させていることに直接起因して支出したものではないと主張する。)。
2 我が国とアメリカ合衆国との間の在日米軍駐留経費に関する各条約
我が国とアメリカ合衆国(以下「米国」という。)との間の在日米軍駐留経費に関する各条約は、以下のとおりである。
(一) 地位協定
我が国と米国は、昭和三五年、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(昭和三五年六月二三日条約第七号。以下「地位協定」という。)を締結したが、その二四条一項は、「日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、2に規定するところにより日本国が負担するものを除くほか、この協定の存続期間中日本国に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される。」と規定し、同条二項は、「日本国は、第二条及び第三条に定めるすべての施設及び区域並びに路線権(飛行場及び港における施設及び区域のように共同に使用される施設及び区域を含む。)をこの協定の存続期間中合衆国に負担をかけないで提供し、かつ、相当の場合には、施設及び区域並びに路線権の所有者及び提供者に補償を行なうことが合意される。」と規定する。
(二) 昭和六二年協定
我が国と米国は、昭和六二年、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十四条についての特別の措置に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(昭和六二年六月一日条約第二号。以下「昭和六二年協定」という。)を締結したが、その一条においては、我が国が在日米軍又は地位協定一五条一項(a)に定める諸機関のために労務に服する労働者で我が国が雇用する者に対する<1>調整手当、扶養手当、通勤手当及び住居手当、<2>夏季手当、年末手当及び年度末手当並びに<3>退職手当(以下、右の各手当を合わせて「本件調整手当等」という。)の支払に要する経費の一部を、当該経費の二分の一に相当する金額を限度として負担することとされた。
(三) 昭和六三年議定書
我が国と米国は、昭和六三年、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十四条についての特別の措置に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定を改正する議定書」(昭和六三年六月一日条約第四号。以下「昭和六三年議定書」という。)を締結して昭和六二年協定を改正したが、その一条においては、昭和六二年協定一条中の二分の一の枠を外し、我が国が本件調整手当等の支払に要する経費の全部又は一部を負担することとされた。
(四) 平成三年協定
我が国と米国は、平成三年、新たに「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十四条についての新たな特別の措置に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(平成三年四月一七日条約第二号。以下「平成三年協定」という。)を締結したが、平成三年協定においては、昭和六二年協定で定められた手当の範囲を拡大するとともに、電気、ガス、水道、下水道費のほか、暖房用、調理用又は給湯用の燃料に係る料金等の支払に要する経費の全部又は一部を我が国が負担することとされた。
(五) 平成七年協定
我が国と米国は、平成七年、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十四条についての新たな特別の措置に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(平成七年一二月一一日条約第二四号。以下「平成七年協定」という。)を締結したが、平成七年協定においては、平成三年協定により講じられた措置に加えて、在日米軍が実施する訓練のために使用する施設及び区域の変更に伴って追加的に必要となる経費を我が国が負担することとされた。
三 原告らの主張
1 原告らの有する平和的生存権及び納税者基本権
(一) 平和的生存権
日本国憲法(以下「憲法」という。)は、その前文(以下「憲法前文」という。)第二段において、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と規定して国民の平和的生存権を確認し、これを受けて、憲法九条は、戦争の放棄、戦力の不保持及び交戦権の否認を規定して平和的生存権を具体化している。そして、平和的生存権は、憲法一三条の定める個人の尊厳、生命、自由及び幸福追求の権利を国及び国民の安全及び生存に関する面へ展開したものである。このように、憲法は、国民に対し、基本的人権としての平和的生存権を保障している。
(二) 納税者基本権
憲法は、主権者たる国民が社会契約によって国家を結成し、政府機関を設立し、その権利の一部を国家に信託し、国家は国民から受託した権能を国民の基本的人権の確立、伸長のために行使し、国民がそこからもたらされた福利を享受することを明らかにしている。憲法三〇条は「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と規定するが、憲法の右構造からすれば、右規定は、主権者たる国民からその権力を信託された政府が国政を行うについて、信託者たる国民がその費用を分担するという意味である。そして、政府は、国民から信託された受託者の立場において国政を行い、その結果である福利は国民が享受すべきものであるから、国民は、国政の費用の分担として租税を納める義務を負うとともに、自らが納めた租税が国及びその機関により憲法及び法令に適合する正当な目的のために相当な対象について妥当な額が支出されるべきことを要求する権利、すなわち、納税者基本権を有している。
2 被告による在日米軍駐留経費の支出
被告は、昭和五三年度(一九七八年度)から平成一〇年度(一九九八年度)までの間、別表(2) 記載のとおり在日米軍駐留経費を支出した。
3 内閣による本件予算の作成、国会による本件予算の議決及び防衛施設庁長官等による本件予算の執行の違憲違法性
防衛施設庁長官等による本件予算の執行(以下、本件予算の執行と在日米軍駐留経費の支出とを同義で用いることがある。)は、次のとおり違憲違法である。
したがって、その前提となる内閣による本件予算の作成及び国会による本件予算の議決も違憲違法である。
(一) 憲法違反
(1) 憲法九条等違反
憲法九条は、戦争及び武力による威嚇又は武力の行使を国際紛争を解決する手段として永久に放棄することを規定し、また、憲法前文は、日本国民は平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してその安全と生存を保持しようと決意したことを規定している。
これらの規定を総合的に解釈すると、憲法九条による戦争及び武力による威嚇又は武力の行使の禁止の趣旨は、我が国自らがこのような行為をしないことに止まるものではなく、我が国が他国による戦争及び武力による威嚇又は武力の行使に対する支持、協力を一切行わないことを憲法上の原則としていることを示すものである。
したがって、我が国に米国の軍隊の駐留を認める「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(昭和三五年六月二三日条約第六号。以下「日米安保条約」という。)は、憲法前文及び九条に違反し、また、在日米軍駐留経費の支出は、在日米軍による戦争及び武力による威嚇又は武力の行使を支持し、これに協力することであるから、右支出もまた憲法前文及び九条に違反する。
(2) 憲法八九条等違反
本件施設整備費によって維持されている施設の中には、<1>宗教施設である教会、<2>国又は地方公共団体の支配に属しない学校、図書館など慈善、教育又は博愛の事業に該当するものがあるが、これらの施設について本件施設整備費を支出することは、次のとおり憲法八九条等に違反する。
ア <1>の施設のための費用の支出
<1>の教会とはキリスト教又はユダヤ教の教会であると思われるが、そのような宗教施設のために国費を支出することは、公金その他の公の財産を宗教上の組織又は団体の使用、便益又は維持のために支出し、又はその利用に供することを禁止する憲法八九条に違反する。
また、<1>の教会の建設費用を支出することは、キリスト教又はユダヤ教の宗教団体の活動に対する特別の援助、支援となり、特権の付与となるから、右費用の支出は、いかなる宗教団体も国から特権を受けることを禁止する憲法二〇条一項後段に違反する。
さらに、右費用の支出は、国の直接的な宗教的活動であるということができないとしても、その支出によって在日米軍関係者の宗教的活動を可能ならしめるという意味においては間接的な宗教的活動となるから、国及びその機関の宗教的活動を禁止する憲法二〇条三項にも違反する。
イ <2>の施設のための費用の支出
右費用の支出は、公金その他の公の財産を公の支配に属しない慈善、教育又は博愛の事業に対し支出し、又はその利用に供することを禁止する憲法八九条に違反する。
(二) 在日米軍駐留経費の支出の根拠の不存在及び妥当性の欠如
(1) 地位協定二四条一項及び二項からすれば、被告は、在日米軍駐留経費のうち施設及び区域並びに路線権の提供に必要な経費、すなわち施設及び区域並びに路線権の所有者等に対する地代等の借上料や補償費を負担すればよく、また、国有地であれば在日米軍に無償使用させればよく、それ以外はすべて米国が負担することになる。
したがって、被告が在日米軍のためにする本件施設整備費、本件労務費、本件光熱水料等及び本件訓練移転費の支出は、法的根拠がなく、違法である。
(2) 仮に、右各費用のうち、本件労務費、本件光熱水料等及び本件訓練移転費については、その支出の法的根拠が被告主張のとおりであるとしても、本件施設整備費については、地位協定三条一項第一文は「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。」と規定しており、それらに関わる一切の維持的経費は米国が負担しなければならず、新たな設備等が必要になればその費用も米国が負担しなければならないのであるから、被告がこれを支出する法的根拠はなく、その支出は違法である。
(3) また、仮に本件施設整備費等の支出に法的根拠があるとしても、成立した予算は必ず支出しなければならないものではない。
本件施設整備費は、別表(2) 記載のとおり、昭和五四年度(一九七九年度)から平成一〇年度(一九九八年度)までの二〇年間で合計一兆四二七九億円という莫大な金額に上っており、それによって住居、ゲストハウス、レストランなどの施設が建築されているが、例えば、神奈川県の池子住宅の一戸当たりの建築費用は八〇〇〇万円に上り、これが在日米軍軍人とその家族に無償で提供され、さらには、被告から本件光熱水料等が支出されるなど、在日米軍軍人の生活に関する在日米軍駐留経費の多くは、国民の生活感覚からすれば明らかに贅沢な生活のために使用されており、その支出は妥当性を欠くものであるから、防衛施設庁長官は、その支出を削減し、又はこれを停止すべきであるにもかかわらず、これを怠り、漫然としてその支出を続けたものであるから、右支出は違法である。
4 被告の責任原因
(一) 国の公権力の行使に当たる公務員の職務行為
次の行為は、国家賠償法一条一項にいう国の公権力の行使に当たる公務員の職務行為に該当する。
(1) 内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出するが、内閣の構成員である内閣総理大臣を始めとする各国務大臣が国家公務員であること及びその予算に関する行為がその職務に属することは明らかである。
(2) 国会を構成する衆議院及び参議院の議員は、内閣により作成、提出された予算を審議し、議決する。この議決がなければ、国費の支出はすることができないのであり、また、国の機関の公権力の行使の大部分は国費の支出を伴うものであるから、その前提となる予算の審議及び議決は国会議員の職務行為であるととともに、それ自体公権力の行使に当たる。
(3) 防衛施設庁長官ほか他の官庁の長が在日米軍の基地の維持のための予算を執行することは、そのこと自体がいわゆる行政行為に当たるか否かにかかわらず、それは日米安保条約、地位協定などの履行として行われるものであり、そのことによって在日米軍基地が存続し、そこを拠点として在日米軍の活動が行われるのであるから、それは行政上の行為であり、その影響が国民の法益に及ぶ限りにおいて国家賠償法一条一項の公権力の行使に当たる。
(二) 本件予算の作成、議決及び執行による原告らの平和的生存権及び納税者基本権の侵害
(1) 平和的生存権の侵害
被告による本件予算の作成、議決及び執行により、戦争の危険が引き寄せられ、国民が否応なく戦争に加担する可能性が高まり、他人を害することなく平和に生きていることが脅かされることとなったものであるから、原告らは、その平和的生存権を侵害された。
(2) 納税者基本権の侵害
被告による違憲違法な本件予算の作成、議決及び執行により、原告らは、その納税者基本権を侵害された。
(三) したがって、被告は、原告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、後記5の原告らの損害を賠償する義務がある。
5 原告らの損害
原告らは、いずれも、平成七年度(一九九五年度)ないし平成九年度(一九九七年度)の三年間だけを取り上げても、別表(1) 記載のとおり、現実に所得税、消費税等の国税を納めて国費を分担してきた。
ところで、所得税、消費税等は、普通税であって、使途を限定されない歳入であるところ、在日米軍駐留経費を賄う目的税等の特別の財源は存在しないから、原告らが納めた所得税、消費税等は、使途を限定されない他の歳入とともに在日米軍駐留経費に充てられたことになる。
平成七年度ないし平成九年度の三年間において、一般会計予算中に在日米軍駐留経費が占める割合は約〇・九パーセントであったから、原告らが現実に納めた所得税、消費税等の約〇・九パーセント相当額が在日米軍駐留経費に充てられたことになる。これによって算出した平成七年度ないし平成九年度の三年間における原告ら各自の在日米軍駐留経費の負担額の合計は、別表(1) 記載の返還請求額欄の金額である。
したがって、原告らは、被告による違憲違法な本件予算の作成、議決及び執行により右同額の損害を被った。
6 よって、原告ら各自は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、別表(1) 記載の返還請求額欄の各金員及びこれに対する、甲事件原告らについては平成一〇年四月一日から、乙事件原告らについては同年五月三〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 被告の主張
1 原告らが侵害されたと主張する平和的生存権及び納税者基本権について
(一) 平和的生存権について
原告らが本件損害賠償請求の被侵害利益として主張する平和的生存権は、その概念が抽象的かつ不明確であるばかりでなく、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のいずれをとってみても何ら明確ではなく、その外延を画することさえできない極めて曖昧なものである。したがって、平和的生存権は、具体的内容をもつ私法上の権利であると認めることはできない。
(二) 納税者基本権について
原告らが本件損害賠償請求の被侵害利益として主張する納税者基本権は、平和的生存権にもましてその概念が不明確であり、憲法その他にこれを明記した条文は、もちろん存在せず、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のいずれをとってみても何ら明確でなく、その外延を画することさえできない極めて曖昧なものである。したがって、納税者基本権もまた、排他性を有する私法上の権利であると認めることはできない。
また、憲法は、国民主権及び財政民主主義を規定しているが、国の財政処理における国民主権の行使の仕方や財政民主主義の在り方としては、国民の代表者である国会議員によって構成される国会を通じてこれを行う間接民主主義の制度を予定していることが明らかであるから、憲法を直接の根拠として、原告らの主張する納税者基本権を私法上保護されるべき権利ないし利益であるということはできない。
(三) したがって、原告らが被告による本件予算の作成、議決及び執行により侵害されたと主張する平和的生存権及び納税者基本権は、いずれも損害賠償により法的保護を与えられるべき権利ないし利益と認める余地はないから、原告らの本件損害賠償請求は、主張自体失当である。
2 国家賠償法一条一項の違法性について
国家賠償法一条一項にいう違法性とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうところ、内閣による本件予算の作成、国会による本件予算の議決、防衛施設庁長官等による本件予算の執行は、いずれも直接国民に向けられた行為ではなく、これらが原告ら個人との間で職務上の法的義務の違背の問題となる余地はないから、原告らの被告に対する本件損害賠償請求は、失当である。
3 本件予算の作成、議決及び執行の違憲違法性について
(一) 在日米軍駐留経費の負担の根拠
(1) 地位協定二四条一項は、「日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、2に規定するところにより日本国が負担すべきものを除くほか、この協定の存続期間中日本国に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される。」と規定する。
右規定中の米国が負担する義務を負う「合衆国軍隊を維持することに伴う経費」とは、在日米軍がその任務を遂行していく上で必然的に発生する経費をいい、具体的経費がこれに該当するか否かは個々の経費の性格に即して判断すべきものであるところ、在日米軍従業員の労務費については、在日米軍がその任務を遂行する上で労働力を使用するために直接必要な経費が「合衆国軍隊を維持することに伴う経費」に該当すると考えられることから、我が国は、昭和五三年度以降、在日米軍がその任務を遂行する上で労働力を使用するために直接必要な経費とみなされない経費として、在日米軍従業員の労務費のうち法定福利費、任意福利費及び管理費を支出してきた。また、我が国と米国は、地位協定一二条四項に基づく間接雇用制度(在日米軍に代わって我が国が雇用主として労働力を調達する制度)の中で我が国が労使交渉を通じて決定した賃金のうち、国家公務員の給与水準に相当する部分については、米国が地位協定二四条一項に基づき「合衆国軍隊を維持することに伴う経費」として負担することを合意していたので、我が国は、昭和五四年度以降、右賃金中国家公務員の給与水準を超える部分である格差給や語学手当等を支出してきた。
その後、我が国と米国は、昭和六二年協定、昭和六三年議定書、平成三年協定及び平成七年協定(以下、右各条約を合わせて「特別協定」という。)を締結したので、以後、我が国は、特別協定に従って本件労務費、本件光熱水料等及び本件訓練移転費を支出してきた。
(2) また、地位協定二四条二項は、「日本国は、第二条及び第三条に定めるすべての施設及び区域並びに路線権(飛行場及び港における施設及び区域のように共同に使用される施設及び区域を含む。)をこの協定の存続期間中合衆国に負担をかけないで提供し、かつ、相当の場合には、施設及び区域並びに路線権の所有者及び提供者に補償を行うことが合意される。」と規定する。
右の施設及び区域の提供に係る経費とは、例えば、住宅、隊舎、汚水処理施設等の施設の新築、改築等の整備を行って、施設及び区域として提供する場合に要する経費であるが、これは、地位協定二四条二項に基づき、我が国が負担すべき経費に該当し、昭和五四年度から提供施設整備事業として実施され、我が国がその経費を支出している。
(3) このように、我が国の在日米軍駐留経費の支出は、いずれも地位協定又は特別協定に基づいて、国会の議決を経た予算によって行われているものである。
なお、別表(2) 記載の提供施設の整備欄、労務費の負担欄、光熱水料等の負担欄及び訓練移転費の負担欄の各費用以外の他省庁分の費用や提供普通財産借上関係の費用については、前記二1のなお書中の記載のとおりである。
(二) 本件予算の作成、議決及び執行の違憲性
原告らは、日米安保条約は憲法前文及び九条に反する違憲なものであり、したがって、本件予算の作成、議決及び執行も憲法前文及び九条に違反する旨主張するが、日米安保条約が憲法前文、九条等に反して違憲であることが明白であるとは認められないことは、最高裁判所昭和三四年一二月一六日大法廷判決(刑集一三巻一三号三二二五頁)が判示するとおりであるから、原告らの右主張は、その前提を欠き失当である。
(三) 教会に係る本件施設整備費の支出の違憲性
被告による教会に係る本件施設整備費の支出は、在日米軍軍人、軍属及びその家族の日常生活に必要不可欠とされる施設を提供することを目的とするものであり、その目的は何ら宗教的意義を有するものではないし、他方で、その効果においても、何ら特定の宗教に対する援助、助長、促進等の効果を有するものではないから、憲法八九条等に違反するものではない。
五 争点
1 原告らが侵害されたと主張する平和的生存権及び納税者基本権が損害賠償により法的保護を与えられるべき権利ないし利益であるといえるか否か。
2 本件予算の作成、議決及び執行が国家賠償法一条一項の適用上違法となるかどうか。
3 本件予算の作成、議決及び執行が違憲違法であるか否か。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 平和的生存権について
原告らは、憲法前文、九条及び一三条が国民に対して平和的生存権を保障しているところ、被告による本件予算の作成、議決及び執行により原告らの右権利が侵害された旨主張するので、以下、検討する。
まず、憲法前文は、その第二段において、全世界の国民が「平和のうちに生存する権利」を有することを確認する旨規定しているが、そもそも憲法前文は、我が国の憲法の理念、基本原則等を宣言したものであり、そこから直ちに法的効果や法的拘束力が生じるものではなく、憲法本文の各条項の解釈の指針、基準を示すに止まるものと解するのが相当である。したがって、憲法前文から、原告らの主張する個々の国民が有する個別具体的な実定法上の権利としての平和的生存権を導き出すことはできない。
次に、憲法九条は、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を放棄し、戦力を保持せず、国の交戦権を認めない旨規定しているが、右規定の文言から明らかなように、同条は、戦争等の放棄、戦力の不保持及び交戦権の否認について国民及び国を拘束する規定であるというべきであり、これを国民の権利を保障する規定であると解することはできない。したがって、憲法九条から、原告らの主張する前記の平和的生存権を根拠付けることはできない。
また、憲法一三条に原告らの主張する平和的生存権の根拠を求めるとしても、同条は、個人の尊厳といわゆる幸福追求権を宣言したに止まり、また、その規定上、平和的生存権に関連する文言も存しないから、同条から原告らの主張する個別具体的な実定法上の平和的生存権を導き出すことはできない。
したがって、憲法前文、九条及び一三条によって原告らの主張する平和的生存権が法的に保護された個別具体的な権利ないし利益として保障されていると解することはできず、他に、憲法及び法令上、右の平和的生存権を保障していると解することができる規定は見当たらない。
2 納税者基本権について
また、原告らは、憲法により保障された原告らの納税者基本権が被告による本件予算の作成、議決及び執行により侵害された旨主張するので、以下、検討する。
憲法八三条は、国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならないとして、財政国会中心主義の原則を規定し、憲法八四条は、租税の新設及び変更は、法律によることを必要とする租税法律主義の原則を規定し、憲法八五条は、国費を支出するには国会の議決に基づくことを必要とするとして、憲法八三条の財政国会中心主義の原則を支出面において具体化することを規定し、憲法九八条一項は、憲法の最高法規性を規定し、さらに、憲法九九条は、公務員の憲法尊重擁護義務を規定しており、これらの規定からすれば、租税の賦課徴収及び国費の支出は、憲法及び法令に適合していなければならないということができる。
しかしながら、そのことから、原告らの主張する、個々の国民において、その納めた租税が国及びその機関により憲法及び法令に適合する正当な目的のために相当な対象について妥当な額が支出されるべきことを被告(国)に対して要求する権利が認められると解することはできない。
すなわち、前記のとおり、憲法は、国費を支出するには国会の議決に基づくことを必要とすることにより、国費の支出に関する民主的統制は、国民の代表者で構成される国会を通じてこれを行うべきであるという間接民主主義の制度を採用しているところである。したがって、憲法上、個々の国民は、国費の支出の在り方や当否については、その有する選挙権の行使ないしその他の政治的活動を通じて関与していくことが予定されているというべきであり、憲法は、国費の支出を伴う国のすべての施策について、個々の国民が納税者たる資格に基づいて直接にその是正を求めることができるような直接民主主義的な制度ないし権利を予定し、これを保障しているものと解することはできない。そして、他に、個々の国民に対し右のような具体的権利ないし利益を付与する旨の法令も存在しない。
したがって、憲法及び法令によって原告らの主張する国民の納税者基本権が法的に保護された具体的な権利ないし利益として保障されていると解することはできない。
3 そうすると、原告らが被告による本件予算の作成、議決及び執行により侵害されたと主張する平和的生存権及び納税者基本権は、いずれも損害賠償により法的保護を与えられるべき権利ないし利益であるということはできない。
二 以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉戒修一 裁判官 伊藤繁 裁判官 園部直子)
当事者目録
甲事件原告(以下、甲事件原告と後記の乙事件原告とを総称して単に「原告」ともいう。) A<外二五名>
乙事件原告 B<外七名>
原告ら訴訟代理人弁護士 内田雅敏
同 内藤隆
同 床井茂
同 矢花公平
同 根本孔衛
同 中野比登志
甲事件及び乙事件被告(以下、単に「被告」という。) 国
右代表者法務大臣 保岡興治
右指定代理人 原道子<外一七名>
別表<省略>